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巨デブが2日に一食の超少食を目指す

2024年1月に私は「超少食を目指す!」という目標を立てた。これに瞑想を加えて、超少食・瞑想を軸としてこれから生きていこうと思う。

食べ過ぎが体に悪いのはもはや一般常識化している。少食を目指すのに十分な理由だ。

少食になれば自然と短眠になり瞑想も深くなる。瞑想をすれば少食も短眠も捗る。少食と瞑想で濃密な人生が約束される。

少食になると心が豊かになり性格も穏やかになる。その結果、人と争わなくなり自然と幸福な人生になる。更にお金も節約できるし自由になる時間も増える。少食になることで自然と短眠になるのでますます自由になる時間が増える。更には運まで良くなるという。

これらが本当なら超少食のメリットが多すぎる。

だが決して無理はしない。ストレスを溜めたり体を壊したら本末転倒。ライフワークとしてじっくりと続けていく。これから何十年も行っていくのだから焦る必要はない。じっくりと少食に体を慣らしていく。

最終的には超少食と呼ばれるレベルにまで到達したいが、まずは普通の少食レベルを目指す。少食が一日一食とするなら超少食は2日に一食くらいか。これくらいなら現実的だろう。

私は今まで普通に食べてきた。むしろ食べ過ぎなくらいだった。

一番太っていた時期は116kgあった。BMIも38くらいあったはず。立派な肥満体。このクラスの巨デブだと食べる量を減らすだけで確実に痩せるのは過去の体験で分かっている。

私はダイエットを主目的として少食をするわけではない。ダイエット効果はあくまでもおまけだ。人生を豊かにするために少食を目指している。

だからいきなり一日一食は無理。だからまずは16時間食べないことを目指す。それに慣れてきたら一日一食を目指していく。

一日一食になれたら少しずつ食べない時間を伸ばしていく。

なんとしてでも超少食者になってやる。私は病気だらけでこのままだと死ぬ。特に糖尿が酷い。手足の痺れもずっとあるし視力も急激に低下している。他にも病気はあるが、それについては少食に慣れてから語っていこうと思う。

私は自分の人生を変えたい。人生を変えられそうなら何でもやっていきたい。超少食を目指すのもそれが理由。

日本は災害大国で異常気象も多い。そんなときに超少食だと便利だろう。被災して食べられなくなっても怖くない。異常気象で野菜の価格が高騰しても食べなければいいだけ。なんと素晴らしき世界よ。

超少食に慣れたら短眠にも挑んでいきたい。超少食者になって瞑想も続けていけば自然と超短眠になっていそうだが。

とにかく今は「最低でもお腹がへるまでは食べない」ということを徹底する。当たり前すぎるけど、それができてなかったから太りまくっていた。できれば一日一食にする。でも無理はしない。じっくりと少食に慣らしていく。

私はこれまでに少食関連の書籍を何冊も読んできた。不食者、断食、ダイエット、Kindleの読み放題サービスで読める少食実践者たちの本も含めるとそれなりの量を読んできた。

その経験から述べさせてもらうと、超少食や不食状態になるには精神が安定している必要がある。逆に言えば精神が不安定だとなかなか少食にはなれないということでもある。

少食生活を始めて分かったことがある。

いつもよりも食べてしまうときは、何かに飢えているような感覚が襲ってくるときだ。これは空腹で飢えているわけではないと思う。ポテチや甘い缶コーヒーを摂取したときにこれが起こるような気がする。

もちろん、いつもこうではない。快適に空腹を過ごせるときも多い。

不食者の書籍によると脳波にはβ波とα波があるらしい。私はβ波とα波の中間なのかもしれない。第三段階のθ波の壁は高そうだ。

この脳波をよい状態に制御できるのが瞑想というわけ。

瞑想の効果は少食だけではない。睡眠の質まで上がるのだ。短眠になれるということである。睡眠時間は少食をすることでも減る。少食と瞑想で短眠も簡単にできるというわけだ。

瞑想をやらない手はない。

1月の中旬くらいから瞑想にチャレンジしているのだが、5分から10分くらいしかできない。まだまだ瞑想初心者だ。毎日瞑想をしているわけではないので上達のペースは遅いかもしれない。

瞑想などしなくても少食ができている人もいるかもしれない。それはすでに精神が安定している人だろう。瞑想でなくても他に精神を安定させる手段を持っているならそれを使えばいい。

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